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シロナガスクジラの手拭い

2017年12月21日

 
ロゴと一緒にアイコ美術工藝社の相子さんにお願いしていた弊社の手ぬぐいが出来上がりました!!手拭いデザインはなぜシロナガスクジラなのか?それは私のルーツである新潟県上越市上下浜の隣「三ツ屋浜」に1912年3月、シロナガスクジラが打ち上げられたという俄には信じがたい事実を時代背景と共に書き上げられた小説「クジラ学校」に由来します。

1905年(明治45年)明治政府による日露戦争の戦費調達と良質な塩の安定供給を名目に塩の専売公社制度が始まり、結果、全国各地それぞれの手法にて海水から塩を製塩していた漁師漁民達の多くが塩田整理によって塩元売人としての権限を失い疲弊していきました。しかも当時は官僚が次第に力をつけ始めた時であり文部省による小学校4年制から6年制への切り替え、内務省による村の組み替えなど行政能力向上の名の下各省庁がそれぞれ勝手に作った法律をただ下に流すだけという乖離が横行し余力のない村は合併の道を辿りました。しかし悲劇は終わりません。合併統合の結果学校の数が減り遠くの村の子供達は学校に通う機会を益々失うのでした。生業を失った漁民の唯一つの希望は子供達に教育を受けさせる事であったのにその機会すら奪われてしまう、何ともやりきれません。近くに学校を作りたくても建設費調達は難しい上に学校運営費は村の予算の70パーセントから90%に及んでいたそうです。絶望がよぎる中「奇跡」とも言える出来事、それがシロナガスクジラが打ち上げられたこと、まさに神の恵みです。のちに上下浜小学校は座礁したこのクジラ肉を売って建設資金に充てた事から「クジラ学校」と呼ばれ地元の人に親しまれたそうです。(因みに私の祖母は上下浜から長野県岡谷市の製紙工場に出稼ぎに来ました。)

私は5年ほど前にこの小説からこれら史実を知りより自分のルーツに関心を持つことができました。おかげで同時期に上下浜で高祖父が宮大工をしていた事も知りました。私が建築を生業とした事も合点がいったわけです。という訳で私にとってこのシロナガスクジラはルーツとつながる重要なキーワードとなりました。